2007年1月に決めました!
10年後、つまり2017年に貧しい国に学校を創ります!!
なぜ私が学校を創ろうと思ったのか・・・。
それは
あるドキュメンタリー番組を見たときの衝撃と、
私の体験が重なったことからです。
その番組は、
あるスラム街の話でした。
そのスラムでは、
親のいない子供たちが集まって暮らしていました。
しかも、女の子が多い・・・。
中学生から高校生くらいの女の子が
みんな子供を抱えながら暮らしているのです。
ごみの中からお金になりそうなものを拾って、
それを売りにいって、
わずかなお金でパンを買っていました。
どんな事情かはわかりませんが、
親はいません。
十分子どもの年齢なのに、
すでにその子たちが親なのです。
その時は、たしか13,4歳の妊娠している女の子の出産前とその後の生活についてやっていました。
なぜ女の子が多いかというと、
恋をして、好きな男の子と一緒にいるうちに、子供ができてしまい、
そうすると男の子たちは逃げていってしまうのだそうです。
生活できないから・・・。
そういう女の子たちが集まって、助け合って暮らしていました。
その国では出産は無料でできるのだそうです。
でも中絶はお金がかかるのでできません。
できたら産むしかないのです。
そして育てるのは、生活力のない女の子。
産んですぐ、あくる日(当日だったかな?)には退院して、
すぐまた物乞いや、ごみの中のもの探しに出かけていました。
同じような境遇の女の子同士が助け合ってはいましたが。
産む前に不安になって夜1人で泣いていたり、
産んだ後も生まれてすぐの赤ちゃんを抱っこして
遠くまで歩いてごみあさりにいったり・・・
その様子を見たとき、たまらなくなりました。
私は、プロフに書いている通り離婚の危機に迫られた時、
自分で食べていく自信がなくて、
そんな苦労をするのはいやで、
離婚を決断できませんでした。
元に戻そうと必死で努力しました。
それはそれでよかったのかもしれません。
でも悔しかった。
今でも悔しい。
何が悔しいかって、経済的に自立できていないから
自信がないから1つの道を選ぶしかなかった自分が悔しい。
この恵まれた国で、
両親も健在で、
離婚したってきっと、食べていくのには困らなかったでしょう。
でも、勇気がなくてできなかった。
もちろん、こどものために、ということもありましたが。
なのに、その子たちはそんな状況で生きていっているのです。
まだ自分の体さえ未熟なのに、
たったひとりで子どもを産んで苦労して育てて・・・
それしか選べないのです。
そうならないすべを知らない。
他の道を知らない、選べない。
同じこの世に、女性として生まれてきて、
なんと悲しいことでしょう。
そんな中でも、夢がある、といっていました。
こどもを一人前に育てる、と力強く言っていました。
そして、大人になったら先生になる、といっていました。
こういう子供たちを救うには、
対処療法では何の意味もなく、
やっぱり必要なのは教育なのです。
だから学校を創って、
ちゃんと教育をして、
子どもたちがまっとうな生活ができるようにしてあげたい・・・。
やっぱり、自分の体験の中に、
思いの根源はありました。
今日の大きな気づきです。
女として生まれて、
それゆえに過酷な人生になるような、
そんな悲しいことを少しでも減らすため、
学校を創ります。
「いつか、やろう。」
「今はまだ、会社をうまく行かせることが先。
それができたらやろう。」
と思っていました。
でも、「いつか」はいつになるかわかりません。
ひょっとしたら、いつまでたってもこないかもしれません。
いくら思っていても、
何もしなかったら結果は変わらないのです。
そしてきっと、
同じように思っている人がたくさんいる!
何かしたいと思っていても、
結局動けないままの人がたくさんいる!!
「ひとりじゃできないけど、
仲間がいれば・・・」って。
1人でやるより、
プロセスも楽しめるし、
できたときの喜びは、もっともっと大きいに違いない!!
だったら今から、始めよう、動き出そう!!
どこに、どんな学校を、どうやって作るのか、
そこも一緒に考えたらいい!
そう思って宣言しました。
言いだしっぺの責任は、私が取ります。
資金は、ミュゼの研修売上金の一部、
チョコレートあゆりんデーの参加費、
グッズの販売、
企業、個人の方からの純粋なる寄付、
などを考えています。
賛同してくださったらぜひ、
あなたも協力してください。
知識、知恵、労力、人脈、お金・・・
どんなことでも結構です。
あなたの持っているものを少しだけ、
ミュゼに、私に分けてください。
そしてあなたも関わった学校を、
2017年に創りましょう!!
ご連絡お待ちしています。
10年後、つまり2017年に貧しい国に学校を創ります!!
なぜ私が学校を創ろうと思ったのか・・・。
それは
あるドキュメンタリー番組を見たときの衝撃と、
私の体験が重なったことからです。
その番組は、
あるスラム街の話でした。
そのスラムでは、
親のいない子供たちが集まって暮らしていました。
しかも、女の子が多い・・・。
中学生から高校生くらいの女の子が
みんな子供を抱えながら暮らしているのです。
ごみの中からお金になりそうなものを拾って、
それを売りにいって、
わずかなお金でパンを買っていました。
どんな事情かはわかりませんが、
親はいません。
十分子どもの年齢なのに、
すでにその子たちが親なのです。
その時は、たしか13,4歳の妊娠している女の子の出産前とその後の生活についてやっていました。
なぜ女の子が多いかというと、
恋をして、好きな男の子と一緒にいるうちに、子供ができてしまい、
そうすると男の子たちは逃げていってしまうのだそうです。
生活できないから・・・。
そういう女の子たちが集まって、助け合って暮らしていました。
その国では出産は無料でできるのだそうです。
でも中絶はお金がかかるのでできません。
できたら産むしかないのです。
そして育てるのは、生活力のない女の子。
産んですぐ、あくる日(当日だったかな?)には退院して、
すぐまた物乞いや、ごみの中のもの探しに出かけていました。
同じような境遇の女の子同士が助け合ってはいましたが。
産む前に不安になって夜1人で泣いていたり、
産んだ後も生まれてすぐの赤ちゃんを抱っこして
遠くまで歩いてごみあさりにいったり・・・
その様子を見たとき、たまらなくなりました。
私は、プロフに書いている通り離婚の危機に迫られた時、
自分で食べていく自信がなくて、
そんな苦労をするのはいやで、
離婚を決断できませんでした。
元に戻そうと必死で努力しました。
それはそれでよかったのかもしれません。
でも悔しかった。
今でも悔しい。
何が悔しいかって、経済的に自立できていないから
自信がないから1つの道を選ぶしかなかった自分が悔しい。
この恵まれた国で、
両親も健在で、
離婚したってきっと、食べていくのには困らなかったでしょう。
でも、勇気がなくてできなかった。
もちろん、こどものために、ということもありましたが。
なのに、その子たちはそんな状況で生きていっているのです。
まだ自分の体さえ未熟なのに、
たったひとりで子どもを産んで苦労して育てて・・・
それしか選べないのです。
そうならないすべを知らない。
他の道を知らない、選べない。
同じこの世に、女性として生まれてきて、
なんと悲しいことでしょう。
そんな中でも、夢がある、といっていました。
こどもを一人前に育てる、と力強く言っていました。
そして、大人になったら先生になる、といっていました。
こういう子供たちを救うには、
対処療法では何の意味もなく、
やっぱり必要なのは教育なのです。
だから学校を創って、
ちゃんと教育をして、
子どもたちがまっとうな生活ができるようにしてあげたい・・・。
やっぱり、自分の体験の中に、
思いの根源はありました。
今日の大きな気づきです。
女として生まれて、
それゆえに過酷な人生になるような、
そんな悲しいことを少しでも減らすため、
学校を創ります。
「いつか、やろう。」
「今はまだ、会社をうまく行かせることが先。
それができたらやろう。」
と思っていました。
でも、「いつか」はいつになるかわかりません。
ひょっとしたら、いつまでたってもこないかもしれません。
いくら思っていても、
何もしなかったら結果は変わらないのです。
そしてきっと、
同じように思っている人がたくさんいる!
何かしたいと思っていても、
結局動けないままの人がたくさんいる!!
「ひとりじゃできないけど、
仲間がいれば・・・」って。
1人でやるより、
プロセスも楽しめるし、
できたときの喜びは、もっともっと大きいに違いない!!
だったら今から、始めよう、動き出そう!!
どこに、どんな学校を、どうやって作るのか、
そこも一緒に考えたらいい!
そう思って宣言しました。
言いだしっぺの責任は、私が取ります。
資金は、ミュゼの研修売上金の一部、
チョコレートあゆりんデーの参加費、
グッズの販売、
企業、個人の方からの純粋なる寄付、
などを考えています。
賛同してくださったらぜひ、
あなたも協力してください。
知識、知恵、労力、人脈、お金・・・
どんなことでも結構です。
あなたの持っているものを少しだけ、
ミュゼに、私に分けてください。
そしてあなたも関わった学校を、
2017年に創りましょう!!
ご連絡お待ちしています。





